失明すると言う事は


うちの両親のこと書きます。
うちは両親ともに健在ですが、
両親ともに先天性の難聴です。
生まれたときから全く耳が聞こえないし、しゃべられません。
それに加え、母親は失明しています。
網膜色素変性症と言って、目の奥にある網膜に異常がおこる病気です。
左目は完璧失明、右目は視力0.01とかで、部屋が明るい・暗いが何となく分かる程度。
現段階での医療事情では治す術は無く、厚生労働省の難病指定になっています。
要するに、HIVと同じくくり。

眼科を受診すると、ビタミンAなどの薬をくれます。
これを飲んでおくと、病気の進行が若干遅れるって言われています。
何十年も飲み続けていた母ですが、私が見る限り、気休めでした。
今は飲んでいません。

たいてい、網膜色素変性症の人は白内障も患うのがパターンらしく、母もそうです。
ただ、私たちにとって手術手段のある白内障はどうでもよくて、とにかく網膜色素変性症をどうにかして欲しいと思っていました。

母親の視力が落ちてきたのは40歳くらいからです。
メガネをかけて新聞を読んでいたのが、拡大鏡になり、
気がついたらどの拡大鏡を使っても新聞の文字が読めなくなっていて、
私が小学校4年生になる頃から、授業参観にこれなくなっていました。

網膜色素変性症の原因は、母方の両親がいとこ同士で結婚しているかららしいです。
親近者同士の結婚。
母親に兄がいますが(私の叔父)、叔父も同じ病気で、母よりも先に失明していました。

そして遺伝するということ。
私が遺伝するかどうかは家系などを調べてみないとはっきりと分からないんですが、確率はゼロではないことを知っています。
私が将来子供を産むことがあれば、その子供にも遺伝する確率はゼロではないと言う事も。

ただ、とり越し苦労な不安は抱えたくないのでさほど気にはしていないんだけど、
私が「世界遺産を全部見たい」とよく口にするのは、
目が見えている間に見られるだけのものを見ておきたいという無茶振りもあったり。
ただの保因者であって欲しいと願う。

また、父は小さい頃に学校に通わせてもらえなかったのもあって、文字の読み書きが出来ません。五十音も知らないし、もちろん単語も知らない。
ただその分、勘が鋭くて、外に働きに出ています。
理解ある社長さんがいるので、そこで何十年も働き続けられています。

私はひとりっこです。
だから、小さい頃から親の代わりに家の事は何でもしていました。
と言うか、私しか出来る人がいなかった。
両親の事情を話すと、みんな100%口を揃えて「だからそんなにしっかりしているんだね」と言います。
特に意識はしてなかったけど、10代の頃は特にそう思うかもしれない。

例えば、学校の重要書類とかで、普通、保護者が記入しなくてはいけない欄に私が記入したりとか、電話が鳴れば私しか出る人がいなかったり、

母親は旅行が大好きなのですが、
私が中学3年生のときに、1週間の北海道旅行を母親が計画していて、
旅行代理店に旅行の手配をする為の電話を、
学校の昼休みの時間に電話ボックスから私が電話していたと言うのは、
今でこそ笑い話で事情を知ってる人には話したりしていますが、
今考えると、読めない「釧路」だの「網走」だの、よく電話したなと思う。

そんなこんなで、特に10代思春期の頃の私にはかなり重荷でした。
とっても苦しかったし、今でも同じ。
これからも続くんだと思う。
何度も泣いたし、特に母親の失明がはっきりと目の当たりにしたときは、
ただでさえ不満足に生まれてきたのに、どうして視力までも奪ってしまうのかと、病院の隅っこで一人泣きました。
未だに悔しい。
今でもそう思ってる。
ぶつけどころの無い胸の痛みと言うか。

母親が私を妊娠してから、祖父は毎日、満足な体で生まれますようにと神棚に祈り、健常者として生まれたときは、みんな泣いて喜んだと聞いています。

両親にとって私は一番の頼りどころなのも知っています。
ただ、今まで私一人で全てを背負っていくのはかなり大変でした。
両親の事を網羅している私でさえも、かなりの重労働とストレスでした。
私が鬱状態になったきっかけの一つにもなりました。

今は私もだいぶ落ち着いて、自分のやるべき事に納得しつつあるけれど、
どこまで私はやれるんだろうかと思う。

だけど、私は
ただただ、この人生楽しかったと思ってくれるようにと、来世ではどうか、健常者としてうまれてこれるようにと、願い、支えるだけです。

事情は、仲の良い友人と歴代の恋人と、前職の2〜3人にしか伝えてなかったけど、特に隠すつもりもなく、ただ伝えるきっかけがなかっただけで、
特に最近は、やっと点字が世の中に浸透してきて、
補助用具なんかもユニバーサルデザインなどと銘打って開発がすすんでるんだけど、
まだまだ足りないものが沢山あったり、
健常者にとっては便利な新型ものでも、障害者にとっては旧式の方が良かった・・というものも実は沢山あったりする。

もっともっと健常者と障害者が共存できる世の中になればいいのになと言う願いから、
誰か関係者がこのブログを通じてアイデアを出して貰えたりしてくれたら、
行き場のない私の訴えも実りあるものになると思ったので、
こうやってブログにしてみました。

伝えたい事が沢山あって追いつかないんだけど、
日常報告と平行してブログにしていきます。
 
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2008.02.19 Tuesday | 05:19 | comments(0) | trackbacks(1) | 失明すると言う事は | 









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